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新時代のVRノベル『東京クロノス』のために今すぐPSVRを押し入れから出すんだよ

我々凡庸な人間は物語の主役のように生きることはなかなかできないため、ナチュラルに日々を過ごすと人生がクソになりがちなことには留意しなければなりません。それでも少しは楽しく生きるために、工夫する方法はいくつか存在します。
 
1つは、ストックとしての考え方で、記録を取ること。
「とにかく何でもいいからスクリーンショット取っとけ」とは、事あるごとに言っている気がしますが、スクリーンショットはリアルにおける写真のようなもの。例えば1980年代の秋葉原を切り取った写真は2019年の今見ると面白いですし、もし子供の頃に友達の家に遊びに行ってロックマンとか交代で遊んでたときの写真とか残ってたらそりゃもう涙でディスプレイが見えなくなること請け合い。
 
そしてスクリーンショットもまた我々が生きた証。
ネトゲで祭りに偶然居合わせたときのスクリーンショットや、ラグナロクのモロクで座ってギルメンと喋ってたときのスクリーンショットも写真と同じように古い記憶と結びついて感情を揺さぶります。ともに時間というフローをその時点の記録というストックに変換したもので、切り取ったその瞬間からワインのように醸造していくわけです。今でさえ、昔のネトゲスクリーンショット眺めてるだけでめっちゃ楽しい時間過ごせるもんね。
さらに数十年して、あなたがおじいちゃんおばあちゃんになったとき、若い頃のクソみたいな日常が最高の娯楽に化けているわけですよ。
 
なのでスクリーンショットは取っておくと良いです。ゲームに限らずとも、友達との何気ないLINEのやりとりでもいいです。Twitterの適当な瞬間のタイムラインでもいい。それはいつか、計り知れない価値に変わりますから。
 
一方で、人生を楽しく生きる工夫のもう1つを挙げるとすれば、それはフローとしての考え方で、時代が生み出す新しいものに接し続けること。
 
言い方は悪いですけど、2018年に死んだ人は、2019年に生み出されたものを楽しむことはできないんですよね。人生がつらく、「俺に、俺に生きている実感をくれぇぇぇぇぇ!!!」となったら、答えは2019年のイノベーションを遊ぶしかない。それは2019年を生きているあなたにだけ許されている権利です。それもまた生きている証なのです。
 
そんなわけで今日は『東京クロノス』の話なんですが、なぜかというと東京クロノスこそは2019年のイノベーションなんですよね。そして一つの確信を与えてくれます。やはり今我々が生きているこの時間は、いつか夢見たSF的未来に片足突っ込んでいる時代に差し掛かっているのだと。
 
東京クロノスは、CAMPFIREでクラウドファンディング案件として資金が集められ、2019年3月にSTEAMでリリース、8月末にはPSVRでリリースされたVR専用ゲームです。まぁ当初の目標額2.5百万円で、実際集めた金額8.1百万円ですけど、そんな金額でこのゲームが作れるわけがないので、プロモーション的な側面もあったのかと思います。
 
イノベーションの一つのパターンとして「新しいテクノロジーと従来の枠組みの組み合わせ」があると思いますが、東京クロノスはVRのテクノロジーと従来型のアドベンチャーを組み合わせたものです。
アドベンチャーといえば、伝統的にプレイヤーをその世界に没入させることに苦心してきたジャンル。世界に入り込めないエロゲなんてエロシーン見ても心が死んでしまうだけですし、いかに熱いバトルシーンがあってもキャラクターに興味が持てなければ文字が流れているだけ。出来不出来も没入感次第。一方で、「没入」というところに焦点を置いたからこそ、それを逆手に取ったever17という名作も生み出されました。
 
かように「没入」をテーマとして悪戦苦闘してきたアドベンチャーゲームが「没入」そのものであるVRとの相性が悪いわけないんですよね。まさにこれ以上ないほどピンズド補強と言えましょう。
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「私は死んだ。犯人は誰?」
ミステリアドベンチャーである東京クロノスの作品を貫く謎として序盤に提示されるメッセージですが、序盤に渋谷の商業ビルに「デーン!」と表示されて、登場人物とともに「おおっ!」と驚くことになる。だいたいメッセージ自体キャッチーだし、平面画像だと全然伝わんないと思うけど、VRだと結構ビッグで壮観な光景なんですよね。
渋谷歩いてたらいきなり商業ビルに「私は死んだ」とか表示されたら誰でもビビりますけど、そんなフザけた体験をリアルな肌感覚として押し付けられるのがVRの強み。これが普通のアドベンチャーゲームだったら、ただ物語のヒキとして没入させるだけのメッセージが、空間としてのリアリティを持って迫ってくる。
 
「そうだ。お前はゲームの世界の一人として、ここにいるのだ」という説得力は、ただのメッセージウィンドウを読んでいたあのときの比ではないわけで、やはり我々は「眼」で世界を捉えて生きているということの実際的な裏付けをVRが行ってくれたのだと理解するわけです。
 
そうしてディスプレイの外から物語を見るのではなく、今そこで起きている物語の中に入るという肌感覚への転移が行われます。右から声をかけられる一方で、左では別のキャラクターとキャラクターが話していたりする現実感の説得力ですよ。そうだ、お前は今、渋谷にいるのだ。
その世界の物語体験の質を高めるためには、やはり情報量の強さは大きい。インターネットも徐々に情報量の多い動画コンテンツにシフトしているし、どれだけアダルトコンテンツが充実しても風俗がなくならないのは、生身の人間の持つ情報量の多さがその要因に他なりません。人間は情報量が多いもののほうが好きですし、そういう風に作られているのです。情報量の多さは正義!
 
ただし、アドベンチャーの原点である「文字を読む」という読書体験を残しているのが東京クロノスの良いところ。
ゲーム中においては、目の前の空間に浮かび上がってくるテキストボックスを読むのが主たる行為となるけれど、自分がボタンを推してページめくりをする従来のモデルなので、自分の読みやすいペースで読み進めることができます。それにVRがついてくるわけで。
 
このゲームは、例えるならば「肌で感じられる読書」という表現がもっとも近い。
  

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――この中に動機のない人間がいる。
その答えに気がついた時、全員が自分をサッと向く瞬間、ドキッとする。
 
人間って、なぜか視線に弱いですよね。思い出しませんか?小学校の学級会で女子に糾弾されてクラス全員から見られていたあのときのことを。そんな経験ない?そうか……。
であれば、満員電車で痴漢して全員に睨まれているときのことを想像してみてください。痴漢はしたことなくとも、そのいたたまれない空気のことはなんとなくわかりますよね。痴漢したことあるからわかる?マジか……。
 
いずれにせよ、人間は視線に弱い。それが糾弾されるようなものであればなおさら。その生理的弱点をVRを使って攻めてくるとは恐るべし。そういう身では、不安・恐怖・不快などのネガティブな感情をも与えられるというのはVRの強みの一つ。場合によっては苦痛すらも与えられるでしょう。
 
VRの最適な用途は何か?」と言われると、迷いなく「拷問」って答えますけど、技術が「人道的な」拷問に使われる未来は確実に訪れるだろうし、米軍とか絶対そういう研究してそうという無駄な確信はあります。
東京クロノスに、そうしたプレッシャーを掛けてくるようなシーンはそう多いわけではないですけど、全員がハッとこっちを向くシーンではやはりドキッとするわけです。そういう心のゆらぎを作ることこそが、読書に肌感覚を付与した意味。読書という行為は、ある程度の想像力と感受性を読み手に要求するところがありますけど、VRならばそこの要求水準がないというところが強みですね。逆に弱みは装着するのが面倒くさいというところなんですけど、その辺は誰か賢い人がそのうち現れて時代が解決することでしょう。マーケット的な話をすると、その時までVRキャズムを超えることは決してないと考えているんですが、いつか訪れるその時のために頑張ってほしい、賢き人よ。
 
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細かいところを言えば、背景のパターンが少ないとか、キャラが不自然にデカく感じるシーンがあるとか、チラチラ挟まるロードが気になるとかありますが、まぁ些細なレベル。それよりも、アドベンチャーVRを組み合わせたこの先に、確かに道が続いていることを示して見せたことのほうが大きい。
 
スーファミやプレステを遊んでいた頃、遠い未来が訪れたら、頭に金属製の円球みたいなのを被って「ダイブ!!」的なことを叫んでバーチャルリアリティの世界に飛び込んで冒険するRPGができたりするんだろうなぁと想像したりもしていましたが、今その未来への入口に来ているんでしょうね。さらに数々の魅力的な世界が生み出されるのが待ち遠しい。脳だけ培養液に漬けられて架空の世界に生きる日も近い。
 
我々は、東京クロノスにおける「渋谷」という独立した世界がそこに存在することを実感として持ち、自己をその中に没入させることができると知っているわけです。VRのヘッドセットを付ければ「渋谷」に入れるし、外せばこの現実に帰ってこられる。「渋谷」はそこにある。「渋谷」へ行こう。必要なのは山手線ではなく、PSVRだ。
 
知ってますよ。あなたの部屋の片隅に、PS4本体から抜かれたPSVRがホコリを被りながら置かれていたことを。そしていつしか押入れにしまっていたことを。いいから今すぐPSVRを押し入れから引っ張り出すんだ。
 
2019年を生きている実感はここにあるんだよ。