当たり判定ゼロ

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「私はあの時助けていただいたベイスです」

昔、「ゲーム業界決算まとめ」という記事を半年に一回やってたんですけど、5年前にDeNAの項目で、「君は……」「私はあの時助けていただいたベイスです。ご恩をお返ししに来ました」と書いたことがありました。
 
この記事を書いた前のシーズンである2013年は、DeNAが買収してから2年目のシーズンを終えたところ。このときのベイスターズというのは、ほんっっっっとうに弱くて、2008年から2012年までは5年連続最下位で、毎年のように90敗くらいしていました。
そして迎えた2013年はDeNA2年目であるとともに、中畑政権2年目。中日から獲得したブランコが首位打者打点王の2冠王に輝くなどの活躍で、6年ぶりに最下位を脱し5位に終わり、来期への上がり目を感じさせていました。今では打線の中軸を打つ宮﨑や、三嶋、井納のルーキーイヤーでもあります。ドラ1は白崎なんですけど。
 
それから5年が過ぎました。
キューバから獲得したグリエルに来日拒否されてMLBに逃げられたり、前半戦首位ターンからのシーズンを最下位で終了するアクロバットやってみたり、クライマックスシリーズで泥んこ野球やったり、倉本が平凡な正面の内野ゴロを内野安打にしてウィーランドにキレられたりと色々ありましたが、万年最下位だったチームが、今や毎年CSを伺うまでに生まれ変わりました。
 
一方、マーケティング面においても、DeNAの買収後、様々な集客施策が打ち出されました。
顧客が満足しなかったら全額返金するチケットを発売してキヨシにキレられたり、球場にシャボン玉を飛ばして応援する企画で客の弁当にシャボン玉を落として苦情を受けたりしましたが、失敗があるということは挑戦をしているということの裏返し。4367回安打を打つために必要なことは、14832回打席に立ち、失敗し続けること以外ありません。
 
データ分析から浮かび上がった「アクティブサラリーマン」と名付けた20代から30代男性の層にターゲットマーケティングを行い、集客増の端緒を掴んだことにはじめ、人口が多く巨大マーケットである横浜の優位性を生かして地元志向の広告宣伝を行ったことなど、とにかく「誰に球場に来てもらうのか」ということを明確に絞り込んだマーケティングを行っていたように思います。
 
結果として、買収初年度の2012年に110万人だった観客動員数は右肩上がりに増加を続け、2018年には200万人を突破。球場のキャパシティの問題で観客動員数は頭打ちに達したため、横浜スタジアムの座席数の増設工事を行うというところまで辿り着いたのは、DeNAの優秀なマーケターたちの努力の成果と切り離して考えることはできないでしょう。
 
それに伴い収支も改善。10億円以上の利益を計上するようになった現状は、大赤字でTBSのお荷物と言われた時代に想像した人なんて一人もいなかったんじゃないですかね。モバゲーの減速とともに毎年減収減益を続けるDeNAの2019年3月期の当期純利益は127億円ですから、赤字の広告宣伝どころか大いに利益の一角を担っているわけです。
毎年何千万人という観客を集めるプロ野球は、しっかりマーケティングやれば商売にならないわけがない、というポテンシャルを示したとも言えるかもしれません。
 
TBS時代からDeNA時代までの10年間の収支と観客動員数の推移をまとめるとこうなります。
 

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データの出処は官報とNPBの公式サイトから。
今回は、株式会社横浜ベイスターズ及び株式会社横浜DeNAベイスターズの決算を単体で調べたので官報をあたりましたが、古い官報は閲覧サービスのある図書館で調べることが可能です。例えば東京都であれば、東京都立図書館で官報を閲覧できるPCを使わせてくれます。都立図書館オススメ。
 
まず注目すべきはTBS時代の2010年とDeNA時代初期の当期純損益。これだけの規模の会社で当期純利益が1百万円とか、ほぼ0円とかありえますか。この数字で野球好きな人はピンと来る人もいると思いますけど、これが例の国税庁通達のやつですね。
 
1954年に出された国税庁「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」という通達には、こう記載されています。

     ニ 親会社が、球団の当該事業年度において生じた欠損金(野球事業から生じた欠損金に限る。以下同じ。)を補てんするため支出した金銭は、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当分のうち特に弊害のない限り、一の「広告宣伝費の性質を有するもの」として取り扱うものとすること。
平たく言うと「子会社のプロ野球チームの赤字補填した分については、親会社で損金処理していいですよ」という超法規的な措置で、長らくプロ野球チームを持つ親会社の節税対策として使われてきた通達です。そのため、プロ野球チームでは赤字になった分だけ親会社から資金が出てくる形となります。
2009年は親会社であるTBS自体が赤字だったため、節税効果が見込めずに収支補填が行われなかった数字であると見れば、観客動員数125万人程度であれば5億円程度の赤字が出る水準であると理解して良いものと思われます。赤字出してくれたおかげで目安の数字拾えました。ありがとうTBS!
 
DeNA買収以降の当初は更に客足が落ちていますが、買収以降、他の事業と合算したセグメント別の収支が公開されているので、正確ではないですがおおよその参考にすることができます。
 

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2013年3月期の決算短信によれば、「その他セグメント」が12億円程度の赤字となっており、まぁ普通に考えるとその殆どがベイスターズ関連でなかったのではないかと思います。したがって、買収以降当面は旧来の節税方式に則り、DeNAは毎年10億円程度の節税効果を得ていたのではないかと思われます。
 
それでも、ベイスターズを単体で事業として成立させるための努力を続け、完全に潮目が変わったのは2015年。観客動員数は180万人にまで急増し、はじめての単体黒字を計上しますが、思い起こすとこの年は前半戦を首位ターンで折り返した年。やはり強いと客は入るんですよね。
しかし、180万人ともなると、ほぼ観客動員数に伸びしろのない状況。そこまで行って、たった1億円の利益も出すことができないという状況は厳しい。このままでは球場を連日満員にしても、トントンにちょっと毛が生えた程度の利益が上限なんですよね。そのためには、広告使用料や飲食店の売上などが株式会社横浜スタジアムに吸い上げられてしまう契約を何とかする必要がありました。
 
そして株式会社横浜スタジアムを買収する2016年へと至ります。
元々、株式会社横浜スタジアムという会社は、横浜市横浜銀行のほか、地元の財界人をはじめとした個人株主が株式の多数を保有する会社で、権利関係が分散しているために買収は難しいと見られていました。非上場の会社って、いくら金を積んでも株主が「売らん」と言えばそれで終わりなので、特に関係者の多い本件をとりまとめたこの買収劇がDeNAのやった仕事の中で一番すごい仕事なんじゃないかと思うんですが、池田社長などベイスターズ経営陣は粘り強く地元の財界人や個人株主を説得し、友好的TOBの成功にこぎつけます。
 
それにより2016年度決算からは利益が激増。ただ一方で、買収のために親会社であるDeNAから70億円もの借金をしているため、ちょっとやそっとの利益では十分ではなくなったという側面もあります。いわゆるハコもの商売、ホテルとか不動産賃貸業とかって、初期投資のために多額の借金を背負うビジネスモデルであるため、他の業種よりも高い利益を出し続ける必要があります。ホークスとかもそうですが、球場を買ってしまった以上、半ば不動産業者みたいなものになるので、利益は高くて当たり前。他の球団と同じ利益では借金を返す金が足らんのです。
とはいえ、これだけのキャッシュフローを計上できているのであれば投資は大成功の水準。この集客を数年続けていけば、70億円の返済なんて屁でもないでしょう。
 
買収からわずか5年で、マーケティングの仕組みを整え集客力を激増させ、市や地元財界とのコネクションを作って横浜スタジアムの買収に成功し、その間にチームも再建してその後CS進出まで導くという仕組みづくりを行った池田社長、マジでプロ経営者というか、めっちゃ仕事できるマンとしか言いようがありません。5年ってたった1800日ちょいですよ。毎日寝て起きて繰り返してたら1800日なんてすぐ過ぎちゃいますよ。5年間という時間の流れ方が我々とは違うとしか思えない。我々が快活CLUBでキングダムを読みながらアイスクリーム食べている時間で、池田社長はどんどんベイスターズを再建していく…。
 
いや、優秀な経営者って本当に価値があって、要は同じリソースを与えるなら優秀な人に与えるべきって話なんですよね。
DeNAと池田社長が手掛けたベイスターズの復活劇は一つの野球チームの経営再建と見ることができるとともに、成功した事業承継の話とも見ることができます。
 
経営者の高齢化が経済全体の課題となっている中、事業承継関連は国も結構データを取っていて、例えば2019年度の「中小企業白書」にはこういう記述があります。

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中小企業白書では事業承継を行った場合の売上高、総資産成長率や従業員雇用者数などの指標について検証を行っており、結論として
 
事業承継により業績が改善する、事業を引き継ぐ経営者の年齢が若いほど業績が改善する、といったこれまでの通説は、いずれもおおむね正しいといえることが分かった
と結んでいます。
 
TBSからDeNAに経営権が映った2011年の、当時の池田社長の年齢は35歳。まさに白書が最も効果があると指摘する年代への事業承継であったと言えます。老人たちが有効に活用できなかったベイスターズというリソースを、池田社長が見事に使いこなして見せた話と理解することができます。
 
プロ野球のファンは3000万人とも言われ、この日本において依然として巨大なコンテンツ産業であり続けている一方、ステークホルダーの面子は大きく変わらず、「ビッグ&オールド」の産業であり続けています。
ベイスターズは言い方は悪いですが、所詮地方球団。そのリソースは限られています。「I ♡ YOKOHAMA」のターゲットマーケティング戦略は、裏返せば横浜以外の顧客はターゲットとしなかったということ。いや、できなかったという方が正しい。お客さんの数は多ければ多いほど良いに決まっていますが、全方位戦略が取れるほどベイスターズのリソースは大きいわけではありません。ターゲットマーケティングは、弱者の戦略のような性質があります。
 
すなわち、一地方球団にしか過ぎないベイスターズよりも更に巨大なリソースを持つ球団や組織などがあるわけで、それら組織のリソースを有効に活用できる池田社長みたいな人が現れたときに日本のプロ野球の構造は大いに変わることになるでしょう。しかし、同一の人間の性格や組織の特質は急に変わることができないのは時代が示しています。長く続ければ続けるほど、長く生きれば生きるほど、人は保守的になっていきます。新陳代謝を促すために、人はいずれ死なねばなりません。
 
未来は誰かが誰かにタスキを繋いだ先にしかなく、TBS、ダイエー近鉄、阪急、それだけではなくかつてプロ野球チームを持ったすべての会社がバトンを次の走者に渡してくれたことはとても大事なことだったし、TBSが球団を買ったときも、ダイエーが球団を買ったときも、きっと改革はあったのでしょう。
 
ここまで書いて、「あ、これはもう事業承継しかないな」という気になってきたし、クラウドファンディングで株式会社読売巨人軍を買収する資金を集めるしかないなというお気持ちになってきている。桃鉄だと東京の球団は100億円で買えた気がするし、それくらいで足りるかな?