当たり判定ゼロ

シューティング成分を多めに配合したゲームテキストサイトです

口を開けながらVRができない

百聞は一見にしかずオブザイヤーの近年における頂点として君臨しているのがVRというコンテンツだと思うんですけど、「面倒くせえ」というハードルを乗り越えてみてみると、支払った面倒臭さの対価以上のリターンは得られます。

特に大型筐体は視覚聴覚だけじゃなくて体感が乗ってくるので、向こうの世界に持って行かれる感が1段階上がって良いです。でも、どこもそうなんですけど、風を演出するために筐体の前にサーキュレーターが置いてたりして、ゴーグル付ける前に目に入ってくる光景の手作り感が一番良さみある…。

前にハウステンボス行ったらVRコンテンツ面白かったんで、東京戻ってから渋谷の『VR PARK TOKYO』と池袋のサンシャイン60(なぜか展望台登ると大型VR筐体がいくつか置いてる)行ってきたんすよ。

大型筐体のVRって、クソビジネスライクな話をするとそれほど儲かるとは思えなくて、遊ぶための工程やルールが複雑すぎることが要因で、1人2人の人間が遊ぶのにスタッフも専属で同じように1人2人ついているような状況なので、それでいてサンシャイン60の1回400~600円だったり、『VR PRAK TOKYO』の90分遊び放題3,000円前後だったりするのは破格の安さ!

大型筐体も汎用品じゃないので安いものではないし、何より世の中で一番高いのは人間っすからね。多分人間側のマス層が当たり前に使えるほどVRの使い方が普及するか、VR側の使いやすさが進化して誰でも使える道具になるかのいずれかの状況にならない限り手間がかかりすぎるので、VRはビッグマーケットにならないと思われるんですが、ともかくも現状ではこんな値段でやっていけるのかと心配してしまうほど安い価格で専属スタッフがついて、関口宏のフレンドパークのゲスト並に手厚いサービスを提供してくれているわけです。

VR PARK TOKYO』だとレーシングや鉄骨渡りのコンテンツそれぞれにスタッフさんが付いてくれて、遊び方について随時指導してくれるし、野球のゲームだと実況までしてくれるわけです。こんな値段しか払ってないのに、一体儲けはどうなっているのか。この3,000円からスタッフさんの時給、渋谷の高い地代、筐体の減価償却費、光熱費、小道具の諸経費……それらを引いてようやく利益……。他人事なんでどうでもいいですけど、社畜根性が勝手にそろばんを弾いてしまう…。休日なのにつらい…。

そんなわけで現状大型筐体VRはかなりお得な価格で提供されていると思うので、ぜひ遊ぶと良いのではないでしょうか。

ただこの手の体感VRにはひとつ大きな問題があるんすよね。

とても、とても大きな問題が…。

これ。

なんでVR遊んでる人の絵ってどいつもこいつも口をポカーンと空けてるのか問題。インタビュー受けてる時にろくろ回すIT企業の経営者並に定型化しているところがある。

広告の絵面的な話だと、顔のうち外に出ている部分が口しか無いから口で楽しさを表すしか無いというのがあるのでしょう。口だけで楽しさを表現できるのが上手い人には、手タレみたいな需要もあることでしょう。

しかし我々はどうすればよいのか。

「うおおおすげええ!」みたいに叫びながら楽しく遊べるかというとムリなわけです。いや、実際たまにそうやって遊んでいる人見かけるんですけど、ムリなわけです。内心「うおおおすげええ!」ってなりながら「ん? これがVR? おお、すごいね。うんまぁまぁいいんじゃない」くらいのリアクションしちゃうでしょ。ゴーグル付けて大騒ぎするの恥ずかしいという気持ちがすべての行動を押しとどめようとしてくる。

一方で、大型筐体のVRには、必ず専属のスタッフが付いてくれて遊んでいるところの実況までしてくれるんですよ。何というか「楽しいです!」ってしておかないとスタッフさんに申し訳なさあるじゃないですか。無表情でコンシュマーゲームやっているのとわけが違うんですよ。相手がいるんやで!

そう、これが『スタッフさんが親切にサービスしてくれてるので楽しんでいるようにしなきゃという気持ち』と『内心冷めてる気持ち』という、外部と内部の心のコンフリクト問題……。この問題を適切に解決し、正しい振る舞い方を身に着けない限り、我々は心から体感VRを楽しむことはできない……。

人に気を使わずにすむVRの世界に入るために人に気を使っている不思議。

バーチャルリアリティというのはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで…。

入ったこと無いからわかんないですけど、きっと老人ホームでも同じ問題があることでしょう。

老人ホームってボケ防止のために「き~ら~き~ら~ひ~か~る」とか子どもの歌を歌わせたりするみたいですけど、やっぱりあれも「俺は○○商事の専務までやった男だぞ」とか思う心と「でもここで事を荒立てたら頑張ってるスタッフさんに申し訳ないし」と思う心が衝突しながら「き~ら~き~ら~ひ~か~る」とかクッソ冷めた心で歌ってるんじゃないかと思うんですよね。

つらい。未来にはつらさしかない。でもそうしなければならないのだ。

どうか一人でVRに入ってそのまま死ぬまで楽しめる機械が、老人になるまでに完成されていますように。

そんなわけで自分の中に体感VRプチブームが来てたんで色々調べてたんですけど、その中で今一番アツいのがこれ。

FIRST AIRLINESは、地上にいながら航空・世界旅行の体験を味わうことのできる世界初のバーチャル航空施設です。およそ110分のフライトの中で、NY、パリ、ローマ・ハワイ様々な国の様々なアクティビティを五感を使い、楽しみながら現地料理にあわせ、一流のシェフが趣向をこらした機内食をお楽しみいただけます。
VRで世界旅行を楽しめる『FIRST AIRLINE』というサービスです。そりゃVRというのはある種の「ごっこ遊び」みたいなところあるんでしょうけど、VR海外旅行を集団でやるというのはエッジが効きすぎてもはや一種のアート性まで生まれてやしませんか。

明らかに自分の脳は今いる場所が池袋だと認識している中で「お客様、ニューヨークに到着いたしました」という声を聞いてどんな顔をすればいいのだろう。間違いなく地上にいる状態で出された機内食機内食を感じることができるかどうかは、もはや自分自身にかかっているのだ。

自分は試されている。これは現実がVRに再現されているシステムではない。VRの情報が現実を侵食し、VRの世界を現実でも維持するために自分自身が適応しなければならないシステムだ。

この現実とVRの複合により作られた「ごっこ遊び」の世界を守るためには、『VR PARK TOKYO』で気を使うというレベルではない配慮が要求される。ゴーグルを外しても気を抜くことが許されないのだ。お前は今ニューヨークにいる。

これはルールの転換。自分がVRに行くのではなく、VRが現実に来るのだ。

ただ、なぜその発想を池袋で機内食を食べるサービスに使おうと思ったのかが最大の謎なんですが、技術の黎明期には往々にしてこういう試みが生まれて良いですね。

仮想通貨スタドリの見た夢

……夢を見ていたようだ。長い……しかし、悪くない夢だった。

君にはどこまで話したんだったかな、そう、仮想通貨の話だったな。

仮想通貨はイーサリアムなど一部の通貨を除いて発行数量に上限があるデフレ通貨が多く、外部から資金が流入する限り価格が上昇し続ける仕組みにある。「時価総額=単価×数量」を置き換えると「単価=時価総額/数量」となる。誰にでもわかる単純な算数だ。要点は、数量が増加しないことや増加量が最初から宣告されていることだ。

法定通貨と違い、中央銀行の意思一つによるインフレから仮想通貨は自由だ。考えてみろ。自分の持っているカネの価値が、誰かの考え一つで下がる状況で安心して暮らせるか? いわば法定通貨はカネが統制管理された社会主義のようなものだが、仮想通貨はレッセフェール(自由放任主義)の状態に近いだろう。また、恣意性を排除する性格が強いため、不況時に金融緩和を行って景気を刺激することはできない点は留意しておく必要があるだろう。ハードフォークなどで一部中央による管理性が顔をもたげることもあるが、法定通貨と比べれば全体として中央からの管理性は依然低いと見て良い。

自由、そして反権力。人はこれらの言葉から紡がれる物語を魅力的に感じる。そして自由は中長期的に見れば殆どの状況で勝利し続けてきたことは歴史が証明している。投資とは元来「この企業は成長する」「この土地は値上がりする」という未来の予想に対する賭けになる。では、仮想通貨は何に対する賭けだろうか?

これはレジームチェンジに対する賭けなのだ。例えば法定通貨ではなくリップルを用いて決済をするのが当然の世の中になる。その未来に賭けて予めリップル保有しておく。そういう未来が訪れることへの賭けなのだ。この規模のレジームチェンジが起きる可能性は高くはないだろう。だからこそ高いリターンが得られる賭けでもあるのだ。

そう考えた私は仮想通貨への投資を始めた。

なに、そんな確固たる信念があったわけじゃない。ナポレオン戦争の際、ロスチャイルド家は「英国が負けた」と誤情報を流通させて英国債を買い上げて莫大な利益を得たことで知られるが、ナポレオンの戦費調達にも携わっており、実際のところどちらが勝っても利益を得られるようリスクヘッジを行っていたそうだ。それと同じだよ。法定通貨が勝とうが、仮想通貨が勝とうが関係ない。ただ、どちらの通貨が勝っても資産を失わないようにしたいと思っただけなんだ。

ところが、仮想通貨は思わぬ暴騰を始めた。私の資産は10倍、そしてみるみるうちに100倍を超えた。

金融危機以来、金融緩和が状態化し、FRBや日銀は兆単位のカネを市場に流通させ、挙句の果てに日銀などは当座預金にマイナス金利を付け始めた。この限界を超えた金融緩和で溢れたマネーが行き着く先が仮想通貨だったというわけだ。流通量を増やさない仮想通貨にカネが殺到した事実は、水道の蛇口を捻るように金を垂れ流す法定通貨に対するアンチテーゼだったのかもしれないな。お前らがジャブジャブ薄めて価値を落とし続けるカネなんてもう持ちたくない、というわけだ。

バブルには必ずカネの入口が存在する。カネは必ずどこかからやってくる。無からカネは生まれない。バブルと見たら「そのカネはどこからやって来たのか?」を必ず自問自答することだ。

第一次世界大戦が終わった後、アメリカは超好景気に沸き、株や不動産は暴騰し、この世の春が訪れた。その理由がわかるか? 第一次世界大戦ではアメリカはイギリス等の国債を購入することで資金を出し、戦勝国に対して大量の債権を保有していた。その償還が始まったことにより多額の資金がウォール街流入したのだ。

短期間で上がりすぎた金融商品は必ず暴落する時が来る。カネの次の出し手がいなくなるからだ。

例えば、100円で買った株が200円で売れたとしよう。このとき投資は2倍になったわけだが、200円で買った奴は400円で売らなければ2倍にならない。400円で買った奴は800円で売らなければ2倍にならない。インフレもなしにこの課題を解決するのは不可能だ。

そして私は売った。すべてが弾けるその前に。

実際にバブルかどうかは判定する術はない。もしかしたら800円で売れるのかもしれない。しかし私にはそんな勇気はなかった。

考えてみれば、私は「日本円に換算して○○円儲かった、損した」と常に日本円というフィルターを通じて仮想通貨を見ていた。

通貨はそもそも信用を得るのが最も難しい。日本円でさえ、明治政府により最初に発行された際は信用されず、紙切れだった。仮想通貨は、すぐに円やドルに変換できることにより信用を担保していたのだ。私はその兌換性を信用していただけで、最初から仮想通貨が標準的な通貨になることを信じてなどはいなかったのかもしれない。そうでなければ、最初から円換算での価値など考える必要はなかったはずだから。

そして仮想通貨を円に換え、手元に残ったのは目的のない大量のカネ。

意味がない。実に意味がないカネだ。

「仮想通貨は未来の決済通貨になる」頭の片隅で少しでも信じたその夢は、いつしか私の楽しみとなっていたことにようやく気がついた。しかし私は船から下りてしまった。目的のないカネほど虚しいものはない。

そんなときだった。彼女が動き出したのは……。

???「レアやSレアのアイドルをGETするにはガチャが一番!」

発行数量を絞れば上がる……。そんな単純な事実に彼女が反応しないわけがなかった。

モバコインの歴史を知る者であれば、かつてスタドリがモバコイン界の基軸通貨として君臨していたことは記憶に残っていることだろう。例えば神撃のバハムートで事実上の通貨として機能している水と交換するためのレートは「スタドリ1:水4」程度であったため、水を直接買うのではなく、まずスタドリを購入して水に換えるのが合理的だ。単一のゲームを超える支配的な決済通貨としての位置付けを獲得したわけだ。

スタドリの決済機能はゲームの世界に留まらず、麻雀などの賭け事の対価として使われたり、同人誌の売買に用いられたという話もあるくらいだ。スタドリ経済圏は、ゲーム間どころかリアルの決済にまで到達したのだ。これを通貨と呼ばず何と呼ぼうか。

しかし今現在、スタドリは資産の保有として決して望ましくないアセットクラスと言えるだろう。

なぜか? 通貨の供給量が著しく多かったためだ。円とスタドリの実態レートを表すのは「1スタドリ=100円」の固定為替レートの公設市場ではなく、変動相場制が採用されているRMT市場の方を見るべきだ。

アイドルマスターシンデレラガールズがリリースされた直後の2012年1月ごろのRMT市場では、「1スタドリ=50円」程度の実勢相場だった。ところが半年後の7月頃には「1スタドリ=20円」程度のレートとなっていることが確認されている。ユーザーが減り、スタドリを求める者が減少したからというわけではない。むしろ2012年7月頃はピークに近いユーザー数であり、スタドリを求める者は多かった。それほど新規供給されるスタドリが多かったのだ。スタドリの供給はその後も断続的に続けられ、現在では「1スタドリ=5円」程度まで円高ドリ安が進行している。

円とスタドリの関係は、ちょうど、ビットコインと円の関係に似ているだろう。数量を増やさなかったビットコインに対し、金融緩和を続けた円は価格を下げた。そしてその円以上に市場に供給されたのがスタドリだったというわけだ。

彼女は考えた。再びスタドリに資金を呼び込むにはどうすればよいか。

そして、新規にスタドリを供給することを一切停止することを宣言したのだ。

需給を絞るとともに、同時にRMTも解禁。円をスタドリに呼び込む体制を整えた。

スタドリによる価値の交換は、トレードにより即時に決済が終わるという送金速度が特徴だ。しかもこの通貨はゲーム内のトレード機能を利用したものなので、決済手数料が0円なのだ!

突如として目の前に現れた最高の仮想通貨……!

この資産に投資するために私のこれまでの成功はあったのかもしれない。忘れていた投資意欲が蘇る。開いた手が震える。目前の雲は晴れた。自分がやるべきこと、なすべきこと、ようやくここにきてわかった気がする。自分の信じる未来に賭ける。その未来が訪れるまで、今度は船から下りてはいけない。今度こそ握り続けるのだ!

価格の上昇が約束されたような彼女の施策に、投機マネーは即座に反応。スタドリの価格は急騰した。

通貨の強さを決めるのは、需要と供給。そして信用だ。彼女の賢かったのは、RMTをむしろ積極的に奨励することでドル、そして円への逃避がいつでも可能な資産であることを示したことだ。耳をすませば彼女の声が聴こえたはずだ。「争え……争え……」

急騰の初期段階から参加できたことで、私の資産はみるみるうちに100倍まで膨れ上がった。仮想通貨、そしてスタドリへの投資を通じて、ついに資産を当初の1万倍まで増やすことに成功したのだ。投資、あるいは投機。もはや今となってはどちらでも良いが、その面白さの本質は「自分の信じた未来」に対して賭けること。そのリターンが数字として答え合わせされるから面白いのだ。

「自分の信じた未来」が、正解だったと世界から示されること、それ以上に楽しいことがこの世に存在するだろうか。

ところで君自身は仮想通貨を所有しているだろうか?

持っている? 結構。しかし本当に君は仮想通貨の所有権を持っているのかと考えてみたことはあるか?

「通貨」なのだから我々はどうしても自分に所有権があるものだとイメージしてしまうが、仮想通貨は文字どおり「仮想」の通貨なので物体としての実態がない。そのため、そもそも有体物に対する権利である所有権の対象とはならない。

かのマウントゴックスに対する裁判においても「ビットコインは所有権の対象とならない」という判決が示されている。そのため、かの事件においては所有権に基づくビットコインの返還請求ではなく、「システムの適切な管理を怠ったこと」による損害賠償請求となっている。

そう、君は仮想通貨を所有していないのだ。強いていうなら、君が持っているのは売却した仮想通貨相当額の金銭を引き渡すよう請求できる債権という形になるだろうか。例えば銀行に預けている預金は君の銀行に対する債権だが、仮想通貨は「随時価値が変動し、保護されない」銀行預金というイメージを持つと近いかもしれない。

銀行の場合は破綻しても1000万円までは預金保護されるが、仮想通貨の場合はそれがないため、預ける先の信用はしっかりと考える必要があるだろうな。債権というのは自分がカネを貸しているようなものなのだから、借り手の支払能力を確認するのは当たり前のことだ。

ではスタドリはどうだろうか? 

我々は保有するスタドリに対してどのような権利を持っているのだろうか?

仮想通貨は有体物ではないので所有権の対象とはならないと話したが、スタドリも同様に有体物ではないので所有権の対象とはならない。一般社団法人日本オンラインゲーム協会が定める「オンラインゲームガイドライン」には次のように記載されている。

「課金方式を問わず、ゲームプレイでのデータ(キャラクターやアイテム、セーブデータ等)はオンラインゲーム提供企業の所有するサーバー上にあります。前述の課金方式によりゲームのサービス利用料金、あるいはデータの限定的なサービス利用権を販売しており、データ自体の所有権につきましてはお客様にはございません」

マウントゴックス事件で示された「所有権は有体物しか対象としない」という考え方からすると、妥当性の高い考え方といえるだろう。そう、我々はスタドリを保有しているのではない。「スタドリを使うことのできる権利」を保有しているのだ。

気がつくのが遅かったかもしれない。

最初から彼女は所有権など譲り渡してくれてなどいなかったことを。

我々が投入した円と交換にスタドリを引き渡していたのは彼女だった。彼女はスタドリの価値を高騰させたことで、スタドリを多額の円と交換。すべてのスタドリを引き渡したその時に、彼女がスタドリの価格を維持するインセンティブが消えてなくなるのだ。

まもなくアイドルマスターシンデレラガールズの運営の健全化の名目のもとに、RMTが禁止され、円やドルへの逃げ道が塞がれた。法定通貨に交換できない仮想通貨に乗せられた信用という名の価値はそのとき剥がれ落ち、スタドリはそれそのものが持つ本来の価値に戻ることを余儀なくされた。仮想通貨はなくならない。ただ円に換えられなくなるだけだ。

祭囃子が鳴り止んだとき、我々の円は彼女の元へ集まり、我々にスタドリが残された。今となってはこの仮想通貨スタドリにはどれほどの価値があるだろう。誰がこの仮想通貨を欲しがるだろうか。

まぁそれでもいいじゃないか。投機に踊り、今や夢破れた私たちの手元にはスタドリだけだ。ならば、残された者たちだけでこれからもスタドリで価値の交換を行い、仮想通貨の経済圏を広げることを再び夢見よう。

通貨の価値は信じる者だけのためにあるのだから。

C93 3日目評論島で面白そうな本など

1月過ぎてから「買いました!」って報告されても「そんな面白そうなの買う前に言えや!」としか言いようがないと思うので先に置いときますね。 東テ11a コウリョカイ 官報ってエンターテイメント性が高くて、今日破産の認可が下りた人の氏名住所一覧とか、「この墓無縁仏っぽいので縁者は名乗り出てね」というお知らせとか、他国と締結した条約とか、非上場企業の決算(ヤクルトスワローズとかの決算)が載ってたりするんだけど、行旅死亡人ってのはいわゆる身元不明の死者を発見したお知らせのこと。持ち物とか死亡状況とか書いてる中に、たまに明らかに変死してるやつとか掲載されるなど、ロマンと謎に満ちた短文記事にはハマる人も多い。発行本『知られざる行旅死亡人の世界』は、行旅死亡人の事例や法令解説の話で、評論島の醍醐味のような本。多分他にはない。あとtwitterアカウントやHPもない。宣伝もないぞ。 東テ15a 法研日本 国際法知財法の本らしいので興味深いんだけど、情報が全然ないので詳細が不明だ!評論島こんなのばっかりだ! 東テ30b 29階がみつかりません産廃本。産廃業界の営業の話とかあるみたいです。シップリサイクルまであるの、範囲が幅広くて良い。 東テ35a 滞空時間簿記のまんが本。正直文字ばかりの本読むより、まんがとかゲームとかで勉強できたほうが楽なのは間違いないので、その手のまんがゲームは増えてほしい。短期賃借権の仮登記とかナニワ金融道読まなかったら絶対覚えなかったぞ。脱税して税務署と戦うゲームとか出てくんねぇかなと常に願ってます。 東テ39b くむ組むRESAS』というのは2015年に内閣府が作ったシステムで、都道府県別などの単位で産業構造や付加価値額みたいな統計データがグラフィカルに表示されるシステム。「外国人がどこに訪問しているか」みたいな情報も簡単に調べられる。一般向けだとグラフィカル統計システムみたいな機能しかないけど、役所のアカウントだと、帝国データバンクの情報引っ張ってきて「どこの企業がどこの県に出荷しているか」のような個別企業の情報まで見れるらしい。わりと凄いシステムなんだけど、そのへんの統計まわりの本っぽい。 東ナ43b それいゆネトゲスクリーンショットを取っておけ。いつか見返すときアルバムになる」って言い続けてきてるんだけど、一期一会のソシャゲを紙媒体で残しておく意義は大きい。10年くらいしたら殆どのゲーム忘れちゃってて、たぶん存在について調べるのも大変になる。ネットの情報って、残ってるようで残ってないよね。 東ヒ06a ミドボン沼カタログ見てて気になった。ミドボンって聞いたことない言葉だったんだけど、調べたところ緑ボンベの略っぽく、液化炭酸ガスでどんな飲み物も炭酸飲料にできるらしい。ストロングゼロに注入して『強化ストロングゼロ』とかいう強いものが強まった何言ってるのかわからんものも作れるらしい。 東の33a 静岡 The Center of Japan評論島ではないです。C92で「セックスドラッグキュートクールパッション」という双葉杏大麻をキメたりする本を買ったんだけど良かった。事実上文学に近いところがあるので情報評論と解釈して良いのではないでしょうか。新刊もきっと間違いない。 あと個人的には東ポ-08bの石川博品先生の新刊を買いたい。 で、思ったんですけど、今回WEBカタログでサークルチェックしてたんですよ。 評論島ってサークルカットに文字使ってるところが多くて、WEBカタログだと文字が小さすぎて読めないサークルがかなり多くて辛ぽよ。そりゃ本来美少女の顔イラスト1枚入れるのがせいぜいのスペースなので、文字入れるのムリですよ。文字数は減らして、フォント大きくして、見せ方を考えるのが良いように思います。 あと、twitterのアカウント含め、情報発信がないところが改めて見てみるとやはり多い。マジでサークルカット以外の情報ないところ多すぎる。twitterのアカウントがある場合でも(自分も人のこと言えなかったんだけど)告知をトップに表示してない人が多いので、調べるの大変すぎた。告知ある場合、トップに表示させておくと助かる人が多いです。 まぁ平成も終わろうという時代に、その辺の不器用さが残ってるところが評論島だなって感じではあります。

2017年のゲーム遍歴

今年何のゲームやったかさっぱり覚えてない健忘症が始まったので書いておくシリーズの3年目です。範囲はコンシュマーだけ。

プリンセスは金の亡者(PS Vita) 騙されて株の信用取引とFXで破産した世紀末覇王のお父ちゃんの仇を取るゲーム。カネで敵もギミックも何でも買収できるアクションゲーで、全編関西弁のポップなナニワ金融道。シリーズ物が当たり前のご時世になったご時世で、日本一は新規IPモノ出し続けてくれるありがたいメーカーだけど、ルフランといい、プリンセスといいゲームシステムの打率が高まってきたような気がする。新規IPは名前で売れないから、その分下積み芸人みたいに着実に芸が鍛えられるんですかね。

ニューダンガンロンパ3 みんなのコロシアイ新学期(PS4 オチに賛否両論あったけど、あのオチは「誰しも思いつくけど、やらない」タイプのやつなので、意外性はなかった。遊びながらうみねこでやらかした竜ちゃんを思い出してしまった。序盤の惹きが強いところもそっくり。序盤が面白すぎるとハードル上がりすぎて、トンデモオチに走ってしまいがちなところあるのだろうか。そういえばever17は後半の展開すごかったけど、序盤は微妙だったな。何かそういう保存則があるのかもしれない。

BIOHAZARD7 resident evilPS4 VR持ってない勢だけど、VRアリだったら心臓止まって今頃この文章を書いていることはなかった。VR売り切れてて良かった。虫が手の甲を這いずるところとかマジムリっすよ~。将来的なVRの用途として拷問が最も適した使い方であることを確信した瞬間だった。よく「原点回帰」みたいに言われるけど、バイオの原点ってこんなんだっけ?と個人的には思った。バイオ1の洋館のときは何というか「心細い怖さ」みたいなのがあって、バイオ7はビジュアル的に怖いという感じ。

Diablo3(PS4 嫁がやりたいとか言って買ってきた。すげえ昔にディアブロ2やった以来の久々のディアブロだけど、1ミリも脳を稼働させないでただ破壊し続けられるゲームなのやっぱすごい。ストーリーとか読み飛ばしまくりで「何か悪そうなやつが出てきたので殺した」以外の感想が何も残っていない。運動神経ないタイプの嫁が普通に遊べてるの見ると、ディアブロは外見に反してゲームシステム自体は相当に間口が広いゲームなんだと改めて感じさせられた。そりゃマスマーケットに届いて世界中で売れるわけですわ。

Toro ~牛との戦い~(PS4 長年生きていると必然的に色んなクソゲー遊ぶことになってしまうけど、未完成の同人ゲーとか除くと、一応完成したゲームの中では人生で最もつまらないゲームだった。ダントツ。Steamならまだしも、これがPSStoreで売ってることに感動すら覚える。小さい子供が間違って買ってしまったらどうするんですか! ゲームの内容としては、①牛が突っ込んでくるのでボタンを押して躱す ② ①を繰り返す。以上。あまりにもクソすぎて死んだ魚の目をして遊んでたら無駄に上手くなってしまって悔しい。

ヒーラーは二度死ぬ(PS4 移植ゲーシリーズ。コンパクトなシステムでトライアンドエラーを繰り返していうちに、キャラのスペックも成長させながら、少しずつ操作のコツも掴んで先に進めていけるようになるタイプ。落ちているアイテムの運にも左右されるローグライクな側面もあり、お手頃感覚でサクッと繰り返し遊べるゲームとして実に具合がいい。この手のキャラ性能と自分の実力が両方育っていくゲーム、失敗して死んだとしても「無駄にならなかった感」あって、モチベーション続くところある。

アスタブリード(PS4 移植ゲーシリーズ。というか手元に同人版あるんですけど。システムがそこまでシンプルなゲームではないから、久々に遊ぶと操作完全に忘れてたけど、ブレードの使い方思い出してから「コレだよコレ!」ってなった。昔遊んだゲームのコツを掴むの楽しい。あと地味にラスボス戦が好きなゲームで、ラスボスを倒す方法のSFオチも良いし、ラスボス戦の音楽も良さしかない。プラクティスモードってほぼ遊ばない人間だけど、ギンガフォースの7面とアスタブリードの最終面は何度も遊んだ。

メゾン・ド・魔王(PS4 移植ゲーシリーズ。360のとき散々やった気がするけど思わず買ってしまった。PS4でも結構レトロゲー出てるけど、新しいゲーム機が出るたびに古いゲームを移植する文化は続いてほしい。ソフト自体は素晴らしいのに、ハードが進化したことで遊べなくなるのは寂しい。いや、古いハード持っていればいいんだけど出すのめんどいねん。家のスペースにも限りあるし。メゾン・ド・魔王、こういうダラダラした雑談しながら遊べるゲームよね。

不思議の幻想郷TOD - RELOADED -(PS4 移植ゲーシリーズ。TODは持ってたけど、思わず買ってしまった。追加ストーリーモードだけが目的だったので、チャッチャとやってクリア。で、実は古井戸クリアしてない……というか完全にクリアパターン入ったプレイで、97階あたりで舐めプして死んだトラウマでまだ心が病んでいるので、お正月休みあたりを利用して人生の積み残しにケリをつけておきたい。というか不思議のダンジョンやってて深層でミスって急死するとマジ愕然とするね。現実を現実と認識できなくなる。

INSIDE(PS4 どうしてもLIMBO遊んだときの衝撃から比べると一段落ちてしまう。昔、浜村通信ファミ通で「君はファイアーエムブレムを遊んだことがあるか? ないのならば君は幸せだ。なぜならばファイアーエムブレムを体験することができるのだから」みたいなこと言ってた記憶があるけど、裏返すと、人生というのは体験できる楽しみを一つずつ潰して回っている行為と言えるのかもしれない。悲しいことに、もう二度とLIMBOは体験できない。

Until Dawn - 惨劇の山荘-(PS4 PS4アメリカン『やるドラ』。というかこのコンセプトを20年前に打ち出してたソニー凄いやって思った。ただアンティルドーンの方は、関与できるドラマを謳ってるわりに、結局どれ選んでもストーリーに対した差ないの悲しすぎるでしょ。グラフィックにかかってるカネが違うから、分岐させすぎたらコストが跳ね上がるのでコンセプト倒れになってしまった感ある。このコストの問題がある以上、本当に動的な物語はドラマ形式のゲームでは当面難しそうな気がする。

イースVIII -Lacrimosa of DANA-(PS4 安定のイースイースってどれをいつ遊んでも面白いという金太郎飴みたいなところあるけど、本当に金太郎飴なのはそれを何回遊んでも面白いと思ってしまう自分の方なのかもしれないぞ。完全に偏見なんだけど、最近のJRPGのラスボス戦、「アーアーアー」みたいな賛美歌的なコーラスが流れているイメージがあってあんまり好きじゃなかったんだけど、今回のイースのラスボス戦のBGM、イントロがメロディアスに熱い曲で「ゲームだー!」って感じで良かった。

UNDERTALE(PS4 凄いらしいとは聞いていたけど、TOEIC300点台の土人なので日本語化を待ちまくった。人によって好きなルートは違うんだろうけど、個人的にはGルート。集大成たるサンズ戦、良さしかない。戦闘中に語りかけてくる演出、JRPGの伝統芸だと思うけど好き。ゲーム全体通して「アンタ」「キミ」と、とことん画面のこちらに呼び掛けてくることで、ゲームの中で終わらせるのではなくて、問題をゲームとプレイヤーの関係性に落とし込んでくるメタ的な作りが印象的だった。

Life is Strange(PS4 個人的にはアメリカンやるドラでくくられる一つ。アメリカ人って「選択が影響を与える」を表現するとき、すぐ蝶をヒラヒラ~ってさせよるよね。どんだけバタフライエフェクト引きずっているんだ。あと、ダイナーとか出てくる。ダイナーですよダイナー! めっちゃアメリカっぽくて憧れる。主人公のマックスという女の子がダイナーで豆料理食ってるおっさんの皿を地面にぶちまけて「豚にはお似合いの食べ方じゃない?」って言うシーン、最高にアメリカって感じだ。そこにアメリカの中のアメリカがある。

Little Nightmares(PS4 これで「千と千尋の神隠し」を思い出さないのはムリだろと思うシーンあるけど、ああいう「不思議な世界」をコッソリと覗いて帰るゲーム。かくれんぼと鬼ごっこを交互にやっていくシンプルなシステムなんだけど、雰囲気の良さで楽しませるやり方は遊園地で言うとディズニーランド。ゲームってざっくり分けると、システム面に強みのある富士急系と、デザインに強みのあるディズニー系があると思うんよ。ディズニーランド、楽しいんだけど、アトラクションの本質自体は普通やもんね。

Lovers in a Dangerous Spacetime(PS4 パーティープレイ向けのゲーム。宇宙船には1つの運転席と4つの上下左右に4つの砲台があって、それぞれ自由に使えるんだけど、砲台役と運転役の息が合わないとあっという間に死ぬ。だから口頭での連絡がどうしても必要になるんよね。家族で遊ぶの向きのゲームだと思う。だからか知らんけどSwitch向けにもリリースされてるんだけど、タイトルが『Lovers みんなですすめ!宇宙の旅』とやたらマイルドにアレンジされていた。デンジャラスから急に方向性変わりすぎだろ…。

X-Morph: Defense(PS4 『Little Nightmares』がディズニー系だとすると、『X-Morph: Defense』は富士急ハイランド系ゲーム。プレイヤーが地球を侵略する側の宇宙人だという設定上のフックはあれど、やはりシステムの尖り具合が光る。「タワーディフェンスSTG」で、タワーの足りないところを自分で補うように動いていくんだけど、クソ忙しさが楽しい。仕事だと忙しいのつらいのに、ゲームだと楽しいという謎を解明できれば、毎日もう少し幸せに生きることができるのかもしれない。

仁王(PS4 「全部の温泉に入る」というトロフィーがあるんだけど、この手の穴埋め系の実績を意図せずとして取れてしまうの、良ゲーの証とも言えるよね。世界中でもヒットしたみたいだけど、そういう外国向けのゲームでも松永久秀の平蜘蛛の話とか平気でやりだすのがコーエーの真骨頂。外人に伝わるのか。そんなに数が売れてるわけでもないけど信長の野望もSteamで配信してるし、コーエー、日本の戦国時代を世界に伝えているトップランナーの立ち位置にいそう。

カラドリウス ブレイズ(PS4 フリプでカラドリウスが来るんだから、PSPlusってのは入ってても損はしないわなぁと思った。脱衣ゲーをよくフリプで出したな。ただ、いわゆるコンシュマー版の本編ともいえるエボリューションモードが全6面+ミッションステージ2面で実質8面構成というのはちょっと繰り返し遊ぶには長すぎるかなぁ感ある。STGは5面構成か6面構成くらいが人間集中して繰り返し遊べるレベルとしてちょうどいい感じっぽい。

PsychoBreak2(PS4 サイコというかフィジカルじゃないこれ? 前作はサイコ推しすぎて意味わからんところまで行ってしまった反省からか、わかりやすいバイオレンスアクションゲーに。いや、普通にアクションとしては遊べるんだけど、ショットガンでドンパチをサイコと言われても困るというか『Layers of Fear』みたいな方向性を期待していたんだけどなぁ。体力さえあれば精神疾患なんてなんとでもなるから筋トレやろうぜ!という伝わり方しかなかった。

マリオオデッセイ(Switch) 『Jump Up,Super Star!』とか流されるとウルッときちゃうところあるけど、それだけに実は子ども向けというよりマリオがDNAのどこかに埋め込まれて育った大人向けのゲームなのではないかと思った。ゲーム自体は新ハードのマリオの名を冠するに恥ずかしくない出来だけど、マリオとともに育った時代のコンテクストを体験してきた人間にしか味わえない感覚というのは確かにこのゲームには埋まっているわな。

VOEZ(Switch) スマホ音ゲーやってたら片手がスピーカー塞いじゃって音がこもるところあって困るんだけど、うちだけなのかな? そんなわけでSwitchのタッチパネル使いやすいっぽい感あったので、音ゲー試してみたらかなり良かった。Switch、これまでのコンシュマー機の中で最も音ゲーに適したハードなのでは。それにしてもRayarkのゲームはクリアもへったくれもないので、音楽を聴かせる機能のためのゲームみたいなところあって、ゲーム機能付きチャットと化していたROを思い出す。

信長の野望・大志(PS4 「無印は有料β版」の名に恥じぬ出来でした。本当にありがとうございました。例えば1万の兵で城を攻めて500の兵が打って出てきても別マップで決戦が始まってダルいし、後半とか1つの城落とすのに何度も色んな城から救援に来るから、決戦で数回勝つ必要があったりと、決戦&決戦&決戦ゲーでダルい。何も決していないのにどこが「決戦」なのか。他にも内政は国全体でコマンドを選択するだけで個人の能力関係ないので、内政値が感動的なほど死にスキルになってたりとか言い出したらキリがない。創造無印よりキツい。

地球防衛軍5(PS4 「以後、このタイプをα型と呼称します」と情報部が定義してるのに、その後にアリが出てきても相変わらず「怪物だー!」とか叫んでて人の話聞いてない頭EDFなあたりが地球防衛軍地球防衛軍たる所以。爆発は派手であれば派手であるほど良いので、前まではC20系の地雷を主力武器にしてたけど、エアレイダーで迫撃砲呼ぶやつがビジュアル的に派手なので良い。実はEDFは『INSECT ARMAGEDDON』というクソゲー以来で、4をやっていないので随分と洗練された印象が強い。

今年の一本をあげろと言われれば『X-Morph: Defense』かなと思うけど、PCゲーとか含めれば『BLUE REVOLVER』。『Little Nightmares』の話で、ディズニーと富士急の例えを出したけど、ブルーリボルバーは言ってみればディズニーと富士急が高いレベルで組み合わさってるんだろうね。それじゃあタイプ分類にならんやろうがい、という気がしないでもないけど、そうであるものはそうなのだ。 最近残業が多いのでゲーム遊ぶ本数減ってる気がするけど、考えてみれば例えば月30時間残業があるとすると、アクションゲーであれば2本くらい、RPGでも1本クリアできるかもしれない時間なので、年に12本~24本単位で遊べるゲームが違ってくるんだよな。それを30年続ける計算だと、累計360~720本というレベルで差が出てくるわけで、こう考えてみてもやはり残業というのは1秒であってもあるというのは幸せな人生のためにならないという気がするんよね。 では、ちょっと早いけど良いお年を。ああ、そういえば今年はコミケに出るので、来られる方は年内まだよろしくお願いします。

C93冬コミで「はじめての粉飾」を出します

C93は3日目東テ-33a『当たり判定ゼロ』で参加します。あと1ヶ月で今年も終わりとか知ってたか!? 持っていくのは『はじめての粉飾』のみとなります。単品だけ売ってるラーメン屋みたいになります。長浜ラーメンだけしかないぞ。ちなみに余談ですが夏コミの反省会はこちら。 『はじめての粉飾』のサンプルはこんな感じです。 全60ページで、価格は700円を予定しています。 本の内容をサラっと説明すると、よくある粉飾の事例説明本ではなく「自分で粉飾をやってみよう」という方向でテクニックを解説する本となります。明日粉飾したいと思ったとき、参考になる本がなかったので作りました。本当に粉飾を覚えようと思ったら、実際にやってみるのが一番という方向からのアプローチです。こういうのを有害指定図書と言うのだと思います。 夏コミは午前中で完売してしまい、スペースにお越しいただいた方に大変ご迷惑をおかけしたので、再販のクセに前回より少し多めに刷りました。売れ残ってあまりたくさん家に持って帰っても困るので、たくさん売れ残らないといいなと思っています。逆に言うと間違ったとき家に置きたくないくらいの数はさすがに刷れないな…というのはあるので、その程度の数ですけど。同人作家の人が家に在庫置くの大変という気持ちがようやく少しわかりました。 あと「マンガですか?」って聞かれましたが、マンガじゃないです。ごめんなさい。美術1なので…。 ただイラストは各話のタイトル絵でちょくちょく入っています。私は一切描いてないですが。美術1なので…。 これもちょくちょく聞かれますが、通販・電子書籍販売の予定はありません。申し訳ないです。 簿記の知識については、なくとも読めるように書いたつもりではありますが、あったほうがより楽しめます。粉飾って簿記の応用技術みたいなところあるので。関係ないけど複式簿記はめっちゃ役に立つので覚えとくと良いと思います。「義務教育で必修にするべき」と言い出す経営者が時々出てくるけど気持ちは少しわかる。 文章の雰囲気はだいたいこのブログみたいな感じです。お察しください。 ぶっちゃけ前回で最後にしますと言っていたので、今さらノコノコと冬コミに行きづらいところもあるのですが、さすがに本当にこれで最後にしようと思います。ひきこもりの国に帰ります。 サークルカットはこんな感じ。自分で説明するのも何ですが、粉飾の「フン」と、クソの「フン」をかけています。へへへ…。 場所はこの辺みたいです。東6なので、右奥の方ですね。外が近くて寒そう。 コミケのWEBカタログのURLはこちら。お持ちの方は登録してみてください。 では、3日目東テ-33a『当たり判定ゼロ』でお待ちしています。