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競馬の終わり

22世紀に生きるあなたは、ラジオ体操の「ラジオ」って何だよって考えたことはありませんか?

言われてみれば、みたいなところもあるかもしれませんが、ラジオ体操の「ラジオ」にはれっきとした語源があります。

かつて世界には「ラジオ」と呼ばれる無線通信を用いて音声を伝える技術が存在し、同無線通信によって届けられた音声の指示に従い、人々はシンクロナイズされた舞踊を披露していたと言われています。現在では高齢者やけが人のリハビリ用に転用されたラジオ体操ですが、当時は健康的な一般人によって昼休みの終わりに職場で踊られていたこともあるといい、儀式的あるいは宗教的な側面があったのではないかと考えられています。

この100年間で随分と世の中は変わってしまいましたが、世界は更にその歩みを進めようとしています。

あなたは、競走馬のサイボーグ化についてはもうお聞きになりましたでしょうか? 来年3歳になる世代から適用されるため、今年のクラシック戦線が自然馬による最後のクラシックとなることでしょう。競走馬のサイボーグ化により、スピード競馬のより一層の進化、有力馬の故障減少が期待され、競馬はますます刺激にあふれた人気競技となるでしょう。

ところで、この競走馬のサイボーグ化を100年以上も前に予想していた小説が実在したというのです。100年以上も前と言えば、ラジオ体操が宗教的儀式として日常的に踊られていた時代。そのような原始時代に我々の栄光ある発展を予見していたというのは大した先見の明です。

本日はその小説「競馬の終わり」をご紹介します。

舞台は22世紀の日本。

世界的自然災害により世界各国の国力は衰えた。アメリカを284のハリケーンが襲い、ペンタゴンは壊滅し、ディズニーランドは被災者収容所と化した。しかし、日本は天災の影響を受けず国力を失わずに済んだ。そんな中、日本人はラーメンにハマった。株式市場のラーメン銘柄は上昇し、投資で得た利益で日本人はラーメンを食べた。ロシアもまた天災の影響を受けずに済んだ。そして日本人がラーメンを啜っているとき、ロシアは南下政策というロシア人の血に植え付けられた考えを思い出していた。ロシアは南下した。日本はアメリカとともに戦ったが敗れ、東京は占領され、政府は無条件降伏し、日本はロシアの植民地となった。

世界的自然災害は世界の馬産を死滅させていたが、日本は天災を免れていたことにより競走馬の生産能力が残されていた。世界の中でまともに馬産を行っているのは日本だけになっていた。中山競馬場は戦火で失われたため皐月賞は新潟開催となり、菊花賞は5月京都開催の2400mに変更され「大ロシア賞」と名前を変えたが、ともかく競馬は生き残った。しかし、競走馬のサイボーグ化が決定。施行は3年後。現1歳馬が4歳になるときに競走馬はサイボーグとなるため、現1歳馬が生身で行われる最後のダービー馬の世代ということになる。

駿風牧場の笹田のもとを、北海道で最も地位の高い弁務官であるイリッチが突然訪れたのはそんな時だった。イリッチはたった1頭の所有で最後のダービーを勝つことを望み、笹田の生産した1頭の1歳馬を譲り渡すよう要求した。笹田は断ることができず、イリッチに幼駒を譲り渡す。幼駒は後に「ポグロム」と名付けられた。ポグロムとは、ロシア語で「虐殺」の意味を持つ言葉だった。

「競馬の終わり」はこのように物語が始まります。ポグロムが果たしてダービーを勝つことができるのかはあなたの目で確かめてほしいのですが、大事なのはポグロムがダービーを勝つかどうかではありません。あなたが競走馬のサイボーグ化を認めるかどうかです。

競馬は、均一化を拒む機能を内在した競技と言えます。

すべての生産者がスピードに優れた主流血統ばかり交配していると、気がつくと周りは同じ血統の馬ばかりになって種付けを行う馬がいなくなり、いつか血統の行き止まりに辿り着いてしまう。

ポグロムの父親フォーレッグスは現役時ダービーを獲りましたが、種牡馬成績には恵まれませんでした。フォーレッグスは最高の能力を持っていましたが、血統がすべて主流血統で構成されており、近い世代に同一の祖先を持つインブリードが殆どの牝馬と成立してしまうため、成績が芳しくないと笹田は考えました。そこでサッドソングという異端血統で構成された現代的要素が何もない牝馬を探し出し、そこに最先端の血統であるフォーレッグスを交配したのです。

生粋のアウトブリードにより生まれたポグロムはアンチ均一化の象徴と言えるでしょう。新しく、優れたものだけでは必ず行き詰まってしまう。ときに古い遺伝子を入れていなかければ継続的な発展が望めないのはブラッドスポーツたる競馬の教えの一つでしょう。

しかし、非均一化はいつか均一化に屈服する日が訪れるのです。職人芸が機械化に敗れたように、個人商店がマニュアル化されたハンバーガーチェーンに敗れたように。均一化を否定する機能を内在する競馬を終わらせた瞬間こそが、進化のルールへの勝利。ポグロムはサイボーグ競走馬には勝つことができない。

気が付きましたか? 私たち人類は既にサイボーグ化を終えています。

その後進められた研究により、ラジオ体操は人の動きをシンクロナイズさせ、精神に均一化を強制するための役割を与えられていたことがわかりました。無線通信でラジオ体操が届けられたその日から、私たちの均一化運動は止めることのできない歩みを始めたのです。

残ったのはあなただけ。ポグロムに夢を見るのはもうやめなさい。