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「本当は偉くなんてなりたくなかった」出世強要社会とシャドウオブモルドール

指輪物語と言っても、フロドが事あるごとに「サムよ!おおサムよ!」と連呼してたり、洋ファンタジーのくせに馳夫とかいう漢字名のキャラクターが突然出てきてしかも主要人物だったり、突如登場人物が3ページくらい詩を詠いだして意味わからんので読み飛ばした記憶しかなくて全然覚えてないのですが、シャドウオブモルドールは楽しめました。確かに一部ムービーやメッセージでワケわからんところはあるのですが、悪そうな奴は悪い顔をしてくれているので安心です。やっぱゲームって悪者が誰かだけ明示してくれればそれで十分よねという気はします。

シャドウオブモルドールは、主人公のタリオンも臭そうなおじさんですし、登場人物の9割がウルクとかいうオークの上位種だし、数少ない人間も悪い顔してるやつしか出てこないんですけどね。ただ、殺戮成分の多いゲームであって、とりあえず出てきたやつ全員殺せばいいので特にストーリーの理解がゲームプレイに影響を与えることはなく安心です。

シャドウオブモルドールの独特な点というとネメシスシステムというのが挙げられると思うのですが、ネメシスシステムというのを簡単に説明すると、敵であるウルクが組織を築いてて所属する個々の部隊長に人格があるというものですね。

たとえば組織の上の方にいるウルクの小隊長を倒せば、格下の小隊長であるウルクが昇進してその席を埋めます。部長がテロで殺されたので課長が部長に昇格するみたいなものです。空席となった課長席は平社員が昇格してその穴を埋めます。

人格というのは、強気とか臆病とかの性格面だけでなく、個々のウルクがタリオンと以前戦った時のことを覚えていて、それがセリフに反映されるので、個々のウルクに愛着を覚える一因となっています。

ウルクの組織の状況はリアルタイムで確認可能ですし、ポーズを押して出てくるメニューの一番上にあることから、このゲームをやっていてプレイヤーが最も確認するべき情報と位置づけられています。

幻想水滸伝なんかは味方の組織を育てるゲームじゃないですか。シャドウオブモルドールは味方の人間が殆ど出てこない代わりに、敵の組織を育てることのできるゲームです。 面白いことに、タリオンがその辺歩いてる雑魚に倒されると、その雑魚がその場で小隊長に昇進したりします。えっ、お前名前あったのかよ!みたいな。

タリオンは殺されても殺されても蘇る呪いをかけられているので、タリオンを倒させて敵を育てるみたいなプレイになりますね。主人公がメタルスライムみたいな。

また個々のウルクにはレベルがあって、ウルクたちはマップ上で勝手に宴を開いたり狩りをしたり部隊の増員作業をしていたり、ときには組織で内部抗争をするなどミッションをこなしてレベルを上げていきます。主人公のタリオンは、それに関与してお気に入りのウルクのレベルを上げたり、お気に入りのウルクのライバルを殺したりして、推しメンを出世させていくことができます。まぁウルクってオークなんでみんなブサイクなんですけど。

名もない雑魚のオークが、ある日タリオンという強敵を倒しちゃって小隊長に昇格。内部抗争に勝ち、他の小隊長を処刑し、ついには軍団長に上り詰めるというシンデレラストーリーも可能なのです。まるでその辺の女子高生が、ある日プロデューサーと名乗る人物に声をかけられちゃってアイドルになって、レッスンやお仕事をこなし、ついにはさいたまスーパーアリーナで単独ライブするみたいな…。完全に構造が同じなんですけど、まぁウルクってオークなんでみんなブサイクなんですけどね(二回目)。

たとえばこのスグフラク。アイドルで言えばクール属性にあたりそうなスマートな身体が特徴なんですけど、これが雑魚ウルクに倒された場面です。何か混戦になっちゃって後ろからズチャリといかれちゃったんですよね。この時点で、彼はタリオンを倒した功により小隊長に出世します。

装備も重厚になって偉くなった感が出てきましたね。今後も上を向いてバリバリ出世していこうという意欲が見て取れます。これは意識高いウルク

蘇ったタリオンと邂逅したシーン。偉くなってもタリオンのことを忘れないでいてくれたようです。これからもずっと、ずっと一緒だよ。

じゃけん、ちょっと脳みそクチュクチュして仲良しになりましょうね~。

シャドウオブモルドールは、とにかく敵組織のコントロールにスポットの当たったゲームで、「ブランド」という能力で洗脳して敵の組織の中に味方を作ることができます。

味方にしたウルクには命令が可能となり、他の小隊長を殺したり軍団長に反乱を起こしたり、やりたい放題できます。複数の小隊長をブランドして軍団長の護衛となるよう命令して、集団で謀反させるとタリオンが手を下すまでもなく大体勝ちます。戦いは数だよ兄貴。

ともかく味方となったスグフラクウルク社会で出世させるため、障害は取り除いていきましょう。

東に歌い手がいると聞けば行って動画を削除してやり

西に強面の上司がいれば行ってクビをはねて席を空けてやり

ついにスグフラクウルク組織の頂点に立ったのです。一介の雑魚ウルクに過ぎなかった彼がさいたまスーパーアリーナ…じゃなかった軍団長にまでたどり着いた心境はいかばかりなものでしょうか。表情も、心なしか以前より自信に溢れているように見えますね。

しかし軍団長スグフラクが本当に心から望んでこの地位にいるのかというと、それは表面しか見えていない解釈であると言わざるを得ないでしょう。

身近なところで考えてみても、特に会社組織においてはなぜか常に「上を向いている」ことをアピールさせられることが多いです。

キャリア形成の自己申告書には今後どういう仕事をやって活躍していきたいか書くようになっていますし、そもそも会社入るときのエントリーシートだってバリバリの将来ビジョンを書かないと採用してもらえません。

「特にやる気ないのでソコソコの仕事して給料もらえてりゃそれでいいです」という本音は押し隠して、向上心だけをアピールして、はじめてようやく通常の生活が与えられるのが実情です。「やる気ないです」とエントリーシートに書いたら面接にさえいけないのです。基本的に組織というのは互恵関係であって、やる気がない他人は自分に害であるため、他人のやる気なさへの寛容が醸成されない環境ができやすいものです。

そうして組織の中で自分を守るために「将来こんな分野で活躍したいです!」「次も頑張ります!」みたいなことを言い続けた結果、管理職に出世してしまったらもう最悪です。「俺は部長になんてなんてなりたくなかった」が口癖の上司がいたら職場の士気はだだ下がりです。偉くなればなるほど他人をやる気にさせる言葉を吐く必要が出てきますし、なおさら自分がやる気ないアピールなんてできなくなり、環境が自分を縛っていきます。 こうして誰もやる気無いアピールのできない、選択肢のない出世強要社会ができてしまうのです。 スグフラクもその犠牲者でないと誰が言えるでしょうか。

スグフラクは本当は偉くなんてなりたくなかったのです。でも、みんな戦ってるのに自分だけ戦わないと体育会系のウルク社会でやっていけませんし、そうなると食うに困ることもありえます。スグフラクは仕方なくみんなと同じように戦意旺盛に声を上げて戦わざるを得ませんでした。そしてスグフラクは千載一遇の好機を手にし、見事タリオンを倒してしまったのです。 皆が手にすることを望んでいながらたった一つしか存在しないものを、偶然自分だけが手にしてしまった時、「いらない」と言える勇気をもった人がどれだけいるでしょうか。それは他人の望んでいるものの価値を公然と否定する行為であるからです。ウルク社会では出世を望むのが当たり前。スグフラクも生きるために日頃からそう主張していました。 そして興奮した場の雰囲気にも飲まれ、スグフラクは言ってしまったのです。

「やったぞ!これで俺も出世できる!」

こうなるともう取り返しがつきません。 スグフラクは小隊長に昇格し、はじめて部下ができました。部下たちはあのタリオンを倒した小隊長ということで、憧れの思いを持ってスグフラクを見てくる者もいます。本当は部下なんていらないし、一介の市井のウルクとして暮らしていければそれで満足なスグフラクでしたが、部下の手前上そういった発言はできません。そんな人間がタリオンを倒す手柄を得てしまったのです。手柄を奪ってしまった他のウルクの面子を潰さないためにも、やはり自分はやるべくしてやったのだ、そう言い続けざるを得ませんでした。

ウルク社会は資本主義のように弱肉強食の社会。争い、勝っていくしか自分が生き残る道はありません。ましてや今や自分だけではなく部下の人生まで預かっているのです。 スグフラクは戦いました。他の小隊長と争い、打ち破り、ついには軍団長にまで上り詰めたのです。頂点に立ったスグフラクは思いました。

「はて、果たしてこれは本当に俺が望んだことだったのか…。一体誰の意思がこうさせたのか」 スグフラクは、ただそれなりに暮らしていければそれで満足だったのです。 しかし、「それなりの暮らし」は、社会から要求された言葉を言い続け、少なくとも表面上は社会の価値観と同一化しなければ得られなかったのです。スグフラクには選択肢はなかったのです。

このようなゲームシステムを通じて、ワーナーゲームズは出世を強要する社会について問題提起したかったのだ!というとそんなことは全くなくて、どちらかというと休日にゲームやってて会社のことを話し出す奴は病気というそれだけの話なのですが、シャドウオブモルドールにはこうやって一介のウルクを偉くさせていくような楽しみがあります。

 
まぁ結局殺しちゃうんですけどね。(ゲス顔

 
一介の雑魚から軍団長にまで出世させたウルクを殺すとトロフィーをゲットできます。スグフラクは偉くなったのではなく、「偉くさせられた」だけだったのです。

つまるところ組織での出世というものは他の誰かの損得に必ず絡んでくるし、偉くなっても何も良いことがないということですね。

ちなみに後半になってくるとタリオン素でめっちゃ強くなるわ、戦闘中に無駄無い動作でウルクを洗脳して味方にするわで無双状態になるので、「平和だったオークの村に…」が完全再現できます。オークの村に単身突入して首チョンパ首チョンパで大暴れし、最後に「処分」コマンドを押せば、洗脳したウルクの首が一斉に爆発してタリバンもドン引きの光景が展開されます。