いわゆる「事故物件」に住んでみた
ふとディスプレイから目を上げて、首を右に向けた先にはドアノブがあります。死体は、そのドアノブの下に転がっていたそうです。
引越し先を探していたのです。
金で時間を買うのを上等とした生活をしていたため、いい加減お財布事情も苦しくなってきたというのもありまして。考えてみれば時間は金より価値がありますが、時間で食べ物は買えないのでした。時間をかければスタドリはいっぱい手に入るのにね!
そんなわけで、新居探しの主眼はとにかく家賃においていたのですが、なるべく生活水準を高くしたいというのが人間の業というもの。一度贅沢の味を知ってしまった身としてはなおさら。あとせめて土地持ちなるブルジョワジーに搾取される額は少しでも削減したいじゃないですか! あぁ……夢の地代生活!妬ましい妬ましい! 我々庶民は地球上に住まわせてもらっているだけでお金を払わねばならんのです。
「なるべく楽して稼げるバイトは無ぇかなぁ…」という発想の境地といえるものは治験だと思いますが、不動産において同じ発想で行き着くのが事故物件と言えましょう。治験は身体の健康と引き換えに高額報酬が、事故物件は精神の健康と引き換えに割安な家賃が対価として提供されます。そして、治験だって万が一当たらなければ問題ないように、事故物件だって出なければ問題ないのです。
「当たらなければどうということはない!」みたいなことをあんまり偉くない人が言ってたような気がするので、多分そうだと思うのです。多少なりともギャンブル好きなリスクジャンキーであれば、こうした確率ごとには戦いを挑みたくなるのがサガというものではないですか!
個人的に事故物件の探し方といえば、古びた個人営業の不動産屋さんに相談して「どうしても安い物件ないですかねぇ…」とため息をついたら「そうか……そこまで言うのならば一ついい物件があるよ。あまりオススメはしないがね……」と言って、ゴソゴソ資料を出してくるみたいなイメージがあったのですが、残念なことに普通にネットで検索したら見つかりました。SUUMOとかで。適当な検索ワードつけてググってみてください。普通に見つかるので。現代社会には夢もへったくれもねぇ。
で、見つけた物件。確かに相場より遥かに安い。すぐに不動産屋さんに連絡を取り、内覧済ませて即契約したのですが、不動産屋さん曰く「あのあと問い合わせがいくつも来てたよ。いいタイミングで探してたねぇ」だそうで。顧客満足度向上のためのリップサービスのような気もしますが、話を聞いてみると事故物件というのは、信仰心の薄れた現代ではわりと人気銘柄のようです。家賃の値引き率を決めるのは大家さん次第のようなので、それで売れ残りの有無が決まるみたいですね。別に前の住民が自殺してようが知ったこっちゃねぇみたいな人でも、さすがに他の物件と比べてヨコヨコくらいの価格設定だと手を出すのは気がひけます。
ちなみに、一度他の借主が借りた後だと事故歴が消えるというのは本当らしく、私の次の借主は通常の料金になるそうです。あと、隣の家の人も別に家賃下がってないみたいです。これは損ですね。
借りた物件の事故内容ですが、若い女性の首吊りだそうです。ドアノブにヒモを引っ掛けてグッとやってコキっと。亡くなったのは、不動産屋さんに賃貸の相談に行った2ヶ月前だそうで。
「事故物件?しょうがないですねぇ、人はいつか死にますしねぇ…。首吊り?うーん、人さまの死に方にどうこう言うのも失礼な話ですが、楽に逝けてたらいいんですけどねぇ……。亡くなったのは?2ヶ月前ですか……。2ヶ月……!?」さすがに近すぎて驚いた。
ほええ……ここで2ヶ月前、一人の人間が自ら命を断ったのかーと。人は誰でもいつかどこかで死ぬし、ここで死んでても、それが2ヶ月前でもおかしなことではないのですが、2ヶ月という身近な尺度が出てきたことで自殺がどこか生活の中に入り込んでしまったような感じ。自殺について、概念として理解していても体感として理解したのはその時で、それまでは家賃を下げる外部要因の一因としてしか見てなかったような気がします。
自殺なら、家賃が下がります。自然死なら家賃は下がりません。人が死んだら家賃が下がります。犬が死んでも家賃は下がりません。
事故物件とそうでない物件の違いは、その死に様の確定にあります。普通に物件を借りたと思ったら、実は2ヶ月前に借主が事故で亡くなっていたとか、部屋の中で飼っていた犬が発狂して死んだとかいう話である可能性はあるわけです。
事故物件はその確定版であり、死に様まで固定されている指定席みたいなもんです。自由席でも当たりを引く時は引く。いわば席の確定料が金額としてハネてきていることになります。
で、なぜ「人」が「自殺」するという固定パターンになると金額が下がるかというと、やはり借り手にそれなりのデメリットがあると考えられているからとなるわけですね。自殺する人間はそれなりに怨念を残しているだろう、行き場のない怨念は次の借り手に向かうだろう、というのがその考え方の前提となります。この手のオカルトめいた話を嫌悪する人は多く「前の人が自殺した物件になんて住みたくない」と考える人は一定数存在します。あるいは、怨念なんてないだろうけれど、精神衛生上悪いから住みたくない、という人もいるでしょう。
ここでのベットの対象は、怨念は「絶対に」存在しないか否かという点にあります。「絶対にそうか?」と言われると人は弱い。「絶対にありません」と断言する人が少ないからこそ市場価格との乖離が生まれています。「絶対に存在しない」に賭けることができることができれば、対価として家賃の市場価格との差額を受け取る事ができるので、反オカルト派の人は積極的に事故物件を探していくと良いのではないでしょうか。(とはいえ、事故物件はその性質上、出物自体が少ないのですが……)
あ、ちなみに怨念があった場合呪い殺されて死ぬのでその辺は自己責任で。
ともあれ事故物件に住むためには、まず事故物件を探さねばなりません。「大島てる」で事故物件自体の銘柄を見ることはできますが、それが出物としてあるかどうかはまた別問題です。私の住んでいる物件も大島てるに載ってません。さすがに自分の家に火のマークついてネットに晒されてたら嫌だもんね!良かったね、たえちゃん!
そんなわけで事故物件を探したいなら、案外普通の不動産情報サイトを当たったほうが良いようです。
今のところ、蛇口をひねったら髪の毛が出てきた!!ギャー!!みたいなことはなく、蛇口をひねれば水道局の人が頑張って浄水してくれたきれいなお水が出てきます。あるいは足元が冷たいと思ったら髪の濡れた頭部が這いまわっていた!!ギャー!!!みたいな話もなく、床はたまに拭いてあげないと埃が溜まります。
霊とか信じてないとは言っても、3DSの心霊カメラとか持ってきて「うわー、怨霊が出たぞー!!」とかやられると怖すぎるのでぶっ殺します。
また霊が1体増えて次の人にも事故物件を明け渡さないといけなくなるので、そういうことはやめましょうね。