攻略記事は僕らに命令する
世の中は、人が人に命令し、命令を受けた人がさらに他の人に命令して今日もくるくる回っている。
命令ヒエラルキーは常に日常のそばに寄り添い、人々は汲々とした生活を浴している。ヒエラルキーの下部に位置するならば、「このクソ野郎!もう仕事しなくていいからそこにじっとしてろ!」とか「何でこんなことやった!!答えろ!何で黙ってるんだ!!」と命令されるのはとても庶民的な生活といえる。命令ヒエラルキーの上部に居る人が普段何をしているのか知らないが、たぶんパンの代わりにケーキを食べるように命令でもしているのだろう。
しかし問題はそれだけではなかった。家で布団に丸まりつつゲーム雑誌を読んで見ればこんなことに気がつく。「次々と襲い掛かるモンスターの群れから生き残れ!!」「神室町を生き抜き、コンプリートを達成せよ!!」そう、ゲームの攻略記事は命令形ばかりではないか。会社で命令されて、学校で命令されて、バイト先で命令されて、家でも命令されるディストピアは既に実現していた!なんということだ。命令ヒエラルキーはゲーム業界にも及んでいたのだ。
命令の連鎖で形作られた世の中ではあるけれど、だからといって我々はその中でも円滑なコミュニケーションを形成する術を知らないわけではない。たとえばビジネスにおいて送られるメールにその類型を見ることができる。仕事でのお願い事には慎重な態度が求められる。お願い事と言っても実質的には命令だったりするのだけれど、だからと言って「ネジが不足を解決するために、ネジを明日までに1000個納入せよ!」といったメールを送ったり「明日の午後、我々の訪問に備えて待機せよ!!」などと書くとなんという傲慢なクソ野郎だと印象を与えてしまう。これでは上手くいくものも上手くいかない。
こういうときの一般的な文案としては「ネジの在庫が底を突きかけています。お手数ですが、明日までに1000個の納入をお願いします」だとか「明日の午後なのですが、よろしければ貴社にお伺いできればと思っておりますが、ご予定はいかがでしょうか?」あたりが適切だろう。これで、結果的に柔和な雰囲気を作ることができる。言っていることは同じだが、些細なことなので気にするべきではないだろう。
ゲームの攻略記事でも同じことではないだろうか。命令ヒエラルキーはいつの間にかゲームの世界にまで侵食していた。威圧的な空気はゲームをただの作業へと変化させ、攻略記事の命令の元に僕らはミッションを消化する。要は気持ちの問題なのだ。どうせ命令されるなら美少女に命令されれば本望だけど、それが叶わぬのならばせめてお願いベースで気持ちよくミッションをこなしていこう!ビジネスメールはそんな身も蓋も無い事実を提示してくれる。
だから、快適なゲームプレイを約束する攻略記事とはこんな書き方になるはずなのだ。
プレイヤーさま
お世話になります。月刊ゲーム編集部です。
本紙7月号をご購入いただき、まことにありがとうございます。
このたびはサイバーフロント社製ソフト『Civilization4』につきまして、攻略の情報を提供させていただきたく存じます。
日頃より如才なきプレイを行っておられる旨重々承知しておりますが、一つでもご参考いただければ幸甚です。
本ゲームにおきまして重要となるのは文明の進化の速度、それから近隣諸国との外交です。
文明の進化につきましては、『アポロ神殿』『アレクサンドリア図書館』などの世界遺産の建設が有効です。
お手数ですが、手持ちの資源に余裕があればで結構ですが、『アレクサンドリア図書館』を建てていただいてよろしいでしょうか?
外交につきましては、近隣に『モンテスマ』と呼ばれる野蛮人が生息している場合、先制攻撃を受ける恐れがあり大変危険です。
騎馬等の派兵による周辺勢力の早期の確認についてもよろしくお願い致します。
『アレクサンドリア図書館』についてはB.C.200年までに、周辺勢力の確認作業についてはB.C.1000年までに実施ください。
都市の建設等、多数の業務を抱えておられる折、短納期で大変恐れ入ります。
命令という実態を隠すとまるで労働をしているみたいになるのはどうしてなのだろう。